《滑走路》32歳で命を絶った夭折の歌人・萩原慎一郎のデビュー作にして遺作となった歌集を原作に、現代をもがき生きる人々の苦悩と希望をオリジナルストーリーで描いた人間ドラマ。厚生労働省の若手官僚・鷹野は、激務の中で仕事への理想を失い、無力な自分に思い悩んでいた。
そんなある日、非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリストが、NPO団体によって持ち込まれる。追及を受けた鷹野は、リストの中から自分と同じ25歳で自死した青年に関心を抱き、彼が死を選んだ理由を調べ始める。
一方、将来への不安を抱える30代後半の切り絵作家・翠は、子どもを欲する自身の思いを自覚しながらも、夫との関係に違和感を抱いていた。また、幼なじみを助けたためにイジメの標的となった中学2年生の学級委員長は、シングルマザーの母に心配をかけまいと1人で問題を抱え込む。
それぞれ悩みを抱える3人の人生は、やがてひとつの道へと繋がっていく。若手官僚・鷹野を浅香航大、切り絵作家・翠を水川あさみが演じる。
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滑走路評論(5)
ー 物語は、三つのストーリーを平行して映し出しながら進む。そして、中盤までは、観ていて精神的に辛いシーンが多い。-
1.ストーリー➀ -画像の風合から、描かれた年代が現代ではないのではないか・・。-
・メイン舞台は中学校。
苛められている”幼馴染の男の子”を助けた委員長シュンスケは、逆に苛めの対象になってしまう。幼馴染の男の子は苛めをしていた連中からの指示で、シュンスケの数学の教科書を盗み、故に、不登校になる。
ー 幼馴染の男の子が、自分を苛めていた連中よりも、自分を“弱っちいな・・”と呼んで助けてくれたシュンスケに対し、複雑な思いを抱いて屈託し、自室に引きこもる姿。
自分の弱さを、直接指摘される方が辛いのだろうか・・。-
・シュンスケはプールに投げ込まれたシュンスケのカバンを"髪を濡らしながらも"届けてくれた絵の好きなアマノさんと徐々に仲良くなる。が、”自分が苛められている事”を母親(酒井真紀)に知られたくないが故に、苛めをしていた連中から言われたままに、絵の好きなアマノさんが描いた”賞を獲って校内に飾られていた絵”をカッターで切り裂いてしまう・・。
- アマノさんの画の魅力をきちんと指摘しながら、その画を傷付けてしまった罪の意識から、ズル休みをしてしまう、シュンスケ。
キツイよなあ・・。誰にも、弱音を吐けない辛さ・・。
このような出来事が、彼の"トラウマ"になってしまったのだろうか・・。-
・アマノさんが、引っ越すことになり、自分が切り裂いてしまった絵を、テープで張り直し、届けようと自転車で追いかけるシュンスケ。
ー 追いつかなかったが・・、訪れた奇跡。そして、アマノさんに届いた”自分らしく生きろ!”と言う、シュンスケの想い。-
2.ストーリー②
・メインは、厚生労働省の官僚として、激務の日々を過ごすタカノ(浅香航大)。不眠に悩まされ、精神科医に通っている。
- 彼の不眠の ”本当の理由” が徐々に明らかになって行く過程の描き方が、上手い。そして、その過程で、エピソード②とエピソード①が時空を超えて、徐々に絡んでいくのである。ー
・タカノは非正規雇用者達の”自死”の問題に直面していく中で、自分と同じ25歳の男性の死の原因を追究していく。そこで明らかになった、”その男性”と自分との関係性。
- タカノが”その男性”の母親(酒井真紀)に土下座して詫びながら渡した、”中学生の時に盗んだ数学の教科書”。それを涙を流しながら、タカノに返し、母親が言った言葉。
”貴方が持っていなさい。そして、シュンスケの分まで生きて、結婚して、子供を作って、大切に育てなさい。ゴメンね、受け取ってあげられなくて・・。”
◆涙腺が、崩壊直前まで行ってしまったシーンである・・。-
3.ストーリー③
・ミドリ(水川麻美)は切り絵作家。夫は学校の非正規美術雇用の先生。二人は瀟洒なマンションに住み、一見仲が良さそうである。夫がミドリのかける言葉は常に”優しい”
- が、この夫は”決して、自分の意見を言わない・・、のではなく、自分自身に自信と軸がないので、意見を言えないのであろう。妻の様々な問いに”君の好きにしていいよ・・””君はどうなの・・”
ミドリから”妊娠した”と告げられた際の、彼の言葉を聞いた際には
”ハッキリ、自分の意思を愛する人に伝えろよ!”
と脳内で思わず、罵ってしまった・・。-
・夫は、”カリキュラムから美術の時間が減ったから・・”、解雇されたとミドリに告げる。
ー 私は、このシーンから、この夫が”非正規雇用だった”と判断した。-
・そしてミドリは、逡巡しながら、病院に行く時に迷子になった男の子と出会い、小さいがふっくらとした暖かそうな手を握ったが・・
”貴方の子供だから、堕ろしたの・・”
と夫に告げる・・。
- 男としては、駄目出しされたと同じ事。哀しいが、当然、離婚である。
そして、このエピソード③も、エピソード①と繋がって行くことが、徐々に明らかになる過程の描き方も、絶妙に上手い。-
◆2年後、ミドリの個展で久しぶりにミドリが夫と再会するシーン。蟠りは無さそうだ。そして、彼が去った後、ミドリの元に駆け寄って来た男の子。”アスカ!(飛鳥かな・・)”と呼び、嬉しそうに抱き上げるミドリの母親としての柔らかな表情。
ー 中絶していなかったのか! -
このシーンでは、堪え切れずに、涙が溢れてしまった・・。
<三つのストーリーが中後半になるに連れて、時空を超えて繋がっている作品構成の妙に魅入られた作品。
そして、どんなに辛くても、枯れるほど涙を流しても、”生”を諦めてはいけない・・、
”誰かに否定される人生などない” という当たり前のことを再認識した作品である。
シュンスケが自死した背景は、曖昧にしか描かれていないが、
彼の死が、逆説的に、タカノとミドリに
”どんなに辛くても、”命”を大切にするのだ!”
という想いを持たせたのであろうと感じた作品でもある。>
なんだかわからないけど気になってた作品。
観て良かった。本当。より多くの方に届いて欲しい。
作品内セリフで
「生きていれば傷つくものだ」
というのがある。
心に傷。わだかまりなどの手枷足枷をつけて生きてる人は多いだろう。
それさえなければ人生を大きく羽ばたけるのに、、、。広い空を雄大に飛べるだろうに。
人生は様々なラインを描く。十人十色。
それが交わったり離れたり。
交わる時に何が起きるだろう?
何を選択、判断するのだろう?
どんな行動をとるのだろうか?
結果、心に手枷足枷ができるかも?
いや、痛みがやわらぐかも?
けど、交わる相手が全て人間だからなんだろな、
そーなるのは。
僕たちは人との関わりと言う名の
滑走路を走り続け、いつかいつか
自由に飛び立つことができるはず。
ときには、哀しい事実も乗り越えて。
それは誰にでも訪れるんじゃ?と信じたい。
だからこそ、大事にしたい。
僕の周りの人達を。
そして感謝したい。今までもこれからも。
なんて思いました。
温かい、哀しくも温かい、人の繋がりを
改めて信じたくなる作品です。
中学生役の方々、見事でした。
彼らが本作品のキーマンでした。
映画 #滑走路 (2020年)鑑賞
@オンライン試写会
オンライン試写会というものを初めて体験したけど、パソコンのサイズが大きければそれなりに楽しめるのかな
コロナ禍だしね
#萩原慎一郎 の短歌をモチーフにした作品で、イジメ、自殺と少々重いテーマ
主人公とダブらせて見てしまう
ん~?
時間軸が4本もあり、分かりにくかったなぁ。
そう思って観ていなかったので不意をつかれた。
主人公の一人である中学生は原作者自身の実体験だ。
原作にも、ゴミ箱に捨てられた自分の鞄を詠んだ歌が残されているが、日本でも屈指の進学校の優等生だった原作者が長年虐められ続け、長年のイジメのトラウマにより進学に失敗、イジメの後遺症と戦いながら何とか大学を出るものの正規雇用に就けず、ようやく短歌が評価され始めたのに、イジメの後遺症により自死。
この原作者のエピソードは映画を見終わった後で知った事実だが、もし知ってから観ていたら、とても映画を直視できなかったかもしれない。
真面目で優秀な学級委員長の中学生らしい正義感が、自分を破滅に導いていき、心から信頼していた友人(初恋の相手?)をも裏切ることを強要され、自ら地獄に落ちていくことに目を背けたくなる。
虐めにより自死に至った主人公を含めた3人、それぞれの時間軸で進む物語と、それぞれの選択は、そうであって欲しいという脚本家や監督の優しさのような気がする。
そんな伏線の無かった、あるいはそれを知らずに自死を選ぶしか無かった原作者の人生を思うと、その心の痛みは想像を遥かに超えていく。
今回の映画も被害者側の未来を描く物語だけど、いつも思うのは、ヒトは無邪気に他人を平気で、しかも遊びで不幸に突き落とす残酷な動物なのだな、と言うこと。
自分も子供時代に無邪気に誰かを不幸にしていたのかもしれないと思うと恐ろしくなる。
劇中で、翠の優しい夫が、優しい言葉で翠をズタズタに傷付けているとしか思えないように描かれている、そして翠も最後にこれ以上もない酷い言葉を夫に投げかける、それは私達は大人になっても同じ過ちを続けていると非難されているのかもしれない。
そうしないと世界って回らないもんなのか。
そんなことないだろ?