「ファーゴ」「マグノリア」などで知られる名優ウィリアム・H・メイシーが初監督を務め、死んだ息子が残した楽曲を歌い継ぐ父親と、その歌に魅了されたミュージシャン志望の青年が、音楽を通じて再生し、成長していく姿を描いたドラマ。やり手の広告宣伝マンだったサムは、大学生の息子ジョシュを銃乱射事件で亡くしてしまう。会社を辞め、荒んだ生活を送っていたサムは、別れた妻から音楽好きだったジョシュが残したという歌の歌詞とデモテープを受け取る。その曲を聴き、息子のことを何も知らなかったことに気付いたサムは、ジョシュの遺品でもあるギターを手に、場末のライブバーでステージに飛び入り参加する。そんなサムの演奏を聴き、感銘を受けたロック青年のクエンティンはサムを説得し、親子ほど年の離れた2人はバンドを結成することになる。
君が生きた証評論(20)
息子を亡くしたために作った歌といえば、すぎに思い出すのがエリック・クラプトンの「Tears In Heaven」だけど、この歌を思い出しながら観てみた。大学での銃乱射事件により息子が亡くなったという話で、2年後には遺品から彼の遺した曲が見つかり、父親が自らギターを手に取り歌い継ぐというもの。
仕事でも成功していたが、今ではペンキ塗りの仕事をして、気軽なボート暮らし。飛び入り参加自由のライブハウス“トリル・タバーン”で歌ったことがきっかけで、聴いていた21歳の若者クエンティンが一緒にフォーク・デュオを始める。やがてベーシスト、ドラマーが加わり、本格的なバンドとして着々と力をつけていく。
バンドのメンバーはもちろん、ライブハウスでファンになっていく人たちがが過去の事件を知らず、騙されていた展開になるのだが、この映画を見ている者までもが騙されていることになるトリッキーな作品でもあった。息子ジョシュアはどう考えても銃乱射の犠牲者だろうと思い込んでいるのだが、実は加害者側だったのだ。わかってみると、ボートからの放尿とか奇行とも思える酔っ払いサムの行動にも納得がいく。特にボートレースが開かれる中、舳先にギターアンプをくくりつけて、大音響のギターを弾いて、暴れまわるところなんて『マッドマックス怒りのデス・ロード』をも予感させるシーンだ。
バンド経験者だと共感できるシーンはいっぱいある。バンドのみんなが徐々に一つの音楽にまとめていく過程、そしてそれを聴いてくれる客、ひとつひとつが皆の心に繋がっていくのは素晴らしいことです。サムの息子についてバレてしまってからは、良い曲であっても演奏できなくなる辛さもわかる。誰も責めることなんてできない・・・。銃規制の甘いアメリカというテーマも考えさせられるし、音楽によって心が繋がっていても不条理な事件が起きると思うと悲しくなる。
楽器屋のローレンス・フィッシュバーンやライブハウスの店長ウィリアム・H・メイシーも印象に残るが、若くして亡くなったクエンティン役のアントン・イェルチンがとても良かった。
息子の曲をバーで歌う主人公と、たまたま聴いた歌に惚れ込んだ青年が友人になり、親子のような関係を築いていく過程が微笑ましい。
途中でそれまでの前提(というか見る側の思い込み)がひっくり返ったところで、あぁこれはただの再生物語ではないんだ と気付かされた。
曲を作ったのが自分ではなく息子なんだ という事実をどうして言おうとしないのかも。
ウィリアムHメイシー、味わい深い役者さんですが、監督としても素晴らしい。
観たあと、クエンティン役のアントン・イェルチンがもう亡くなってしまってるのを思い出して切なくなった。
もっと彼の演技が見たかった。
喪失と痛みを抱えた父親が幸せを探す感動作品。
今回は銃撃乱射事件被害者の父親が主人公。父親が喪失感から抜け出せずにいる。息子が何を思い、何を考え、何を愛していたか知る悼む方法が音楽だっただけで、儲けようとか欲から出た行為じゃないんだから、多目に見て欲しい。
意外な展開に、後半は歌の意味や捉え方ががらりと変わって…
久々に素晴らしい演出と奥の深さに感銘しました。こういう映画は観ないともったいない。