マーティン・エデン

マルティン役のルカ、フリッセンデン役のチェッキがとても良かった。

11歳から船で働き小学校も途中でやめたマルティンがエレンに出会い、彼らのように話し考えられるようになりたいと思う気持とすぐ実行する行動力に心動かされた。特にことばの勉強と本を通して、という所に共感を覚えた。その彼の熱意の一方で、子どもの時から貧しくて働きづくめのマルティンの身体の頑丈さと目の力の強さはとても魅力的だ。

作家として成功しゴージャスな家に住み、世話になった未亡人家庭の為に家を買い、労働者運動の為に金を惜しげもなく与える。
でも、ブリッデンセンを失い、知識と勉強への熱愛をくれたエレナとの間に絶対に埋められない溝を再確認した絶望のマルティンは、すべての大人の中に居ると思う。
大人になって、年とって、完全に満ち足りた人なんて居ないと思う。いたら嘘か、見栄か、面倒だからそう言ってるだけではないかと思う。

貧しくて働きづめの人々、農業、漁業、酪農、食料の調達に運搬、まさに永遠のエッセンシャル・ワーカーだ。弱者の側に常に居続けようとしたマルティン。そういう人は今、どこに居る？自分は？

映像、子どもの頃の記念ビデオみたいな映像、イタリアの美しい歌が沢山！これはミュージカル?と思ってしまうほど。いい映画！

マーティンは学ぶことを途中で止めた労働者階級の船乗り。ある日、港でいざござに巻き込まれている男性を助けたことをきっかけに上流階級の家庭の娘・エレナと出会い恋に落ちる。彼女との恋を成立させるためには、自身も上流階級に上らなくてはいけないと考えたマーティン。それは、はたまた船乗りが新たな航路を選ぶように、マーティンはエレナと結ばれるという目的地のための手段を選んだ。それは文学で成功し、作家となることだった。

最初は恋を成就させるためにひたむきに文学の道を志す純粋な男性がそこにいた。しかしながら、学も十分に無く、それまでのキャリアも無い彼の応募作品は歯牙にもかけられず、全てが「送り主へ返却」と突き返された。それでも、文学で成功することに執着するマーティンの心が次第に変化していく様をルカ・マリネッリが見事に演じている。彼は全身、得に目で演技ができる演者だと思った。ヴェネチア国際映画祭でホアキン・フェニックスを抑えて男優賞に輝いたのも頷ける。

いつしか作家になることは手段ではなく、目的になり、エレナとの関係性も雲行きが怪しくなる頃、純粋だった青年の目にはやがて狂気と表せばいいのか、悲嘆と表せばいいのか、何とも言えない感情の色が映し出されていた。本当にルカ・マリネッリの演技に感服する。

映像の撮られ方も独特だった。たしかフィルムを使い分けていたと試写会後のアフタートークで話していた。比喩的な映像が所々に差し込まれ、それが何を意味するのかは観る人に委ねられる。2度、３度と観れば、あの場面の意味が分かり、より作品に深くのめり込めるような演出が素敵だった。

ネタバレ！ クリックして本文を読む
So the world is stronger than me. Against it's power I have nothing but
myself, which, in any case, is quite something. For as long as I don't let
myself get overwhelmed...
「そう世界は私より強い。私は身を挺してその力に抗うしかない... 」で始まる予告編。主人公のマーティンが、自分の想いをテープに吹き込んでいるところからアナーキストのエリコ・マラテスタがイタリアの地に再び立つことのできた朽ちた記録映画のワンシーンが映され、ダニエーレ･パーチェの曲が流れるという一連の始まり方が、映画の質と曲のミスマッチ感と相まって、どうしても映画についていけない理由から 見る気をそがれてしまう。多くの方が絶賛していることをしり目に？... しかし話も中盤になれば事情も変わることに
人の感覚は、人それぞれ

I was looking at this painting. From a distance it's beautiful. But
close-up you only see stains.　　　 "It's an illusion."
自己紹介をする前にマーティンがエレナとの会話で思わず口をついた最初の言葉... 日本の小説にも登場する一般的恋愛のメタファーとして”付き合う前には理想的で素晴らしい人だと思っていたのに、それが、時を重ねていくうちに愛した人を知れば知るほど彼又は彼女の粗が見えて、後悔と失望を味わうこととなる。”... と、この映画のメインテーマと最初はそう思っていた。でも、話が進むにつれて違うものも見えてくる。

Who then devised the torment?
Love, Love is the unfamiliar Name
Behind the hands that wove
The intolerable shirt of flame
Which human power cannot remove
We only live, only suspire,
Consumed by either fire or fire
それでは誰がこの拷問を企てたのか
愛。愛は火焔の耐え難いシャツを
編んだ手の後ろにある聞き覚えのない名
このシャツは人間の力では取り去ることは出来ない
またしても焼けて灰となり、
人間はただ嘆くばかりでしか生きる術がない➡本編は解釈が異なる

予告編のマーティンがろうそくの炎にも屈しない場面。彼が、イギリスの詩人"T・S・エリオット" の詩の一編を引き合いに出して、人の”漠然とした愛” を不偏な確かなものに変える前半の見せ場となっている。炎のシャツの例え話は、私たち自身の"愛を燃やす"行為が、不確かなものをより高く、より神聖な愛に置き換えることもできるたとえ話しとして... しかし、その代償として、恐ろしい痛みを伴うことも覚悟しなければならない。人は、このシャツを自ら取り去る力など持ち合わせておらず、結局のところ、選択肢はなく、 "人は焼けつくされてしまう" ... ギリシャ神話のヘラクレスが自ら命じて炎の中で命を落とす物語より引用されている。
マーティンはそれをも 'いとわない愛' の在り方をエレナに捧げている。

They're throwing the dog a bone.
You mortify me. I need to sell my stories to get by.
Earn a living in a different way. Go to sea, stay among the people,
travel the world, Martin.
I can't. I love Elena. I'm tied to her.
"I love Elena！" You live in a fairytale, Martin. "The Princess and the
Sailor." Find a woman who will look after you and who accepts you
for what you are.

Socialism is inevitable. The slaves have now become too many.
Anything is preferable to those pigs that govern now. Socialism will
give a sense to your writing, Martin. It might be the only thing that
will save you from the disappointment that's approaching.
-What disappointment?
原作者のジャック・ロンドン... 日本と少なからず関係があり、その生い立ちなどを見ると暗い世紀末の時代背景なのか21才の時には、ビタミン不足の病気になったり大学は中退したりと貧乏を絵に描いたよな半生で、左寄りの小説家と言われるのは、それなりの理由もあったと今更、自然に受けとめることもできるが、最初からこの映画製作者は、映画の時代背景を曖昧にし、原作者へのオマージュともとれる個人主義思想を暗にシナリオに含みを持たせている。一体全体、何時の時代なのか？ 瞬間にプロットが時代を飛躍する描き方は何なのか？ イタリア人には時間なんて完無視で関係ない？　失礼

The same people who didn't want them are today interested in me.

"Law has its defect. The poor have the right to own a dog. They could
keep rats, instead: they'll do fine and they are tax free. They live in
pokey rooms with their costly bastards. Why don't they play with flies?
Are they not pets? And you have to pay the council. We need to end
up this or they'll end up buying whales. A decision must be taken:
destroy the dogs！ Isn't that a good idea? The next measure: destroy
the poor. So the council will save more."So, who wants to speak now?

I want to reveal something to you: the writer Martin Eden doesn't
exist.He is only a product of your imagination. He's actually only a
hoodlum and a sailor. I'm not a legend. Stop trying, you can't screw
me. You will never screw me！
アート・ハウス・フィルムと呼ばれる芸術性の高いドキュメンタリー映画製作者の顔を持つピエトロ・マルチェッロ監督「私は、予測不可能な部分を維持しながら、利用可能なすべての情報源を利用してフィクションを作成しようとしました」と語った人。

ｰ その映画は限りなく、間違いなく美しい ｰ
マーティンの世界を見ると、ニュートラルな視点から鮮明でカラフルなショットを通常、撮影した映像の色合いは、時間帯ごとに太陽や雲によって変化し、大きく影響されるところをカラーグレーディング(カラーコレクション)で精査しながら、わずかに焦点が合っていないスーパー16mmの映像の間で変動させ、セピアであったりブルーであったり、モノトーンのアーカイブス映像で20世紀の雰囲気作りをし、それが皮肉にもノスタルジックにも感じられる。さらにそこには、フィルム・スコアとしてポップミュージックもミックスしている... そのすべてを総括したものをシナリオにインサートしていることで高い域の映画の質感を味わうことができる。

Life disgusts me, Elena. I've lived it so intensely that I don't feel desire
for anything else. If I could still desire something, I'd want you. But
now I'm certain that I cannot. You never trusted me. You were
ashamed of us. Look. I wish I was like your kind, spoke like your kind,
thought like your kind. A dog by your side！A nice dog you can walk
around！ Destroy the dog！ You have some nerve showing up here！
Go away！　Out！　Go away！
「遠くから美しいが、近くでは汚れとしか見ることができない」と... それは、マーティンの男自身についての引用: 遠くから、彼はすべて持っている - ルックス、魅力と夢のような女性。しかし、近くで見ると、彼の野心や闘争が見えてくる。彼は労働者階級にいるのを嫌う。まして社会主義者・資本主義者のレッテルを貼られることをも嫌う。

マーティンのアイデンティティとは... 特に愛、政治、階級の物語。彼は自由主義を嘘、社会主義を奴隷制と見なしている。彼は、究極の自由主義者：リバタリアンなのに本人は気が付いていない。
悲しい話、彼には幸せは永遠に訪れないこと。この映画を素晴らしいと呼べるのは、主人公のマーティンが、最後にエレナに放った言葉と彼女にとった態度から彼自身も"幸せになれない" と分かっていたのではないのか？

監督にとってマーティン・エデンとは誰なのか？
「マーティンは男として、文化を通して罪滅ぼしを自ら行う少年です。 それは普遍的な物語です。 彼の話は私たちの多くの話なのです。 20年前に小説を読んだとき、 マルリツィオ(脚本家)の勧めで、映画にすることにしました。 明らかに、それは私たちがアングロサクソンの文化と無縁のナポリに設定された非常にリベラルな物語です。 マーティンエデンを20世紀の倒錯と問題を予想できる肖像画として読みました」(Cineuropaより)

マーティンは結局のところ愛によって心が焼き尽くされ、なりたかった作家にもなり、名声も勝ち得たのに "The writer Martin Eden doesn't exist." と口からつくほど自暴自棄になり、その作家という理想的な対象が、近くで見て見れば、イデオロギーでもろく崩れてしまう、せん劣で体たらくなものになっている。彼が知識を得た財産は、 "絶望" という言葉を知ったことかもしれない。

映画の質感はあっていたけどもドキュメント「ようこそ映画音響の世界へ」 でも語られていたように映画の実に50％をフィルム・スコアを含めた音響効果が、占めている現代映画芸術において、個人的にはこの映画は、受け入れられないものになっていた。あくまでも個人の感覚としての事...

労働者階級出身のマーティンエデン。
ブルジョア階級の女性エレナと出会い
美しさと知性に惹かれると共に
文学への関心に目覚める。
多くの本を読み教養を身に付け
作家を目指す。
.
アメリカンドリーム体現者となった
作家ジャックロンドン(1876-1976)
彼の自伝的小説を
イタリア･ナポリを舞台に映画化。

1900年代の第一次大戦前からの1世紀
歴史と共にアーカイブ映像も組み込み
階級社会の中
20世紀を駆け抜け
時代に立ち向かっていく男の姿を
ルカが演じ
ヴェネチア国際映画祭で男優賞受賞。

激動の時代
生きる意義
心の叫びを言葉にしたマーティン
決してハッピーエンドではない
その苦悶は時代を超え
今を生きる私たちにも通じる
.
ジャックロンドンを
この映画を通して知りました。
他にも映画化されている作品があるそうなので、機会をみつけ鑑賞してみたいと思います。
.