ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人
プロット
フランス
02月02日 台灣上映
ダム・マネー ウォール街を狙え!
プロット
アメリカ
02月02日 台灣上映
梟 フクロウ
プロット
韓国
02月09日 台灣上映
一月の声に歓びを刻め
プロット
日本
02月09日 台灣上映
復讐のワサビ
プロット
日本
02月09日 台灣上映
ボーはおそれている
プロット
アメリカ
02月16日 台灣上映
本站關於電影海報,預告,影評,新聞,評論的綜合性電影網站,我們提供最新最好的的電影以及在線影評,業務合作亦或意見建議請電郵我們。(Copyright © 2017 - 2022 KKTM)。聯絡我們
プリテンダーズ評論(3)
先に言うと、前情報を抜いた方が圧倒的に衝撃を受けるのでオススメしたい。自主映画に近い形だけあって、パンチラインが絶妙かつ濃厚。同時に役者の熱量をひしひしと感じるコクの深い作品。単なるシスターフッドではないし、劇的なドラマを美しく描いているわけでもない。よって、作品が骨太かつバランスも全く取らないパンクのよう。
ただ、個人的には苦しすぎて観ていて胸を強く締め付けるので窒息しそうになる。それは自分が社会に順応しすぎてしまったが故の副作用なのかもしれない。実際、不登校を経験したという小野花梨の言葉が役にも滲み出ていて、見上愛の従順ながら迷いを照らし合わせる姿が印象的だった。
また、Youtubeを武器に世界を変えようとする姿は所詮暴動に写ってしまう。その道程に感情がジェットコースターのように乱舞する。社会のあらゆるリテラシーはとうに崩壊し、ただの形式になっているのではないかと同時に思う。手を取り合うことも実は大げさで、自分の周りだけが彩られれば最大幸福は得られるのかもしれない。
トークショーの中で感じたのは、凄く個々に対しての認識で常に作品の中で葛藤しているということだった。教育のレベルで敷かれたレールは社会に出れば、はみ出し者になる。そこに対しての問題提起の答えがコレだと思うと合点が行く。しかし、映画の枠組みの中では説明不足に思うし、暴力を伴いすぎているように思える。そこが作品のイメージと乖離していてしまったのが惜しいところ。
エンドロール後のラストシーン。鳥肌が立ってしまった。この革命前夜の二人、その行方と確かな嘘に大いに驚いて欲しい。
現代社会を個性が奪われた世界と嘆く17歳の少女が、人の善意を弄ぶ動画を撮ることにハマり巻き起こる話。
高校の入学式で前へならえに反発する様から、映画として嫌な予感w
自分では何も為さないし、自分の力で生活できる基盤もないのに能書きタレて社会を批判し人を批判し…。
自分では表だったところに上げないけれど、それは所謂迷惑YouTuberと変わらないっすよね。という不快な前半。
自分がやるは良いのにやられるのはダメですか?
やらなくても気付ける人、やってしまって気付く人、やらかしても気付かない人、そして気付いて修正できる人、気付いても変わらない人、気付いて逃げる人といる中で、この主人公はまだ救いがある人だった訳で、渋谷のスクランブル交差点での件はなかなか良くて、ここで終わるのかと思いきや、尺はまだあるよね…。
そこからは蛇足になるかと思いきや、畳み掛けられ更に向き合い…これはある意味風刺だったりする部分もあるのかな。
なかなか面白かった。
最後の最後に、ものすごい映画キター(・∀・)
フィクションが出来ること。
フィクションだからこそ出来ること。
むしろ、フィクションにしか出来ないこと!
そんなフィクションが持つ力を見せつけてくれて、表現の閉塞感に風穴を開けてくれる作品でした!!
最初は自主制作で始めた企画だったそうです。
=誰も傷つけない映画=
多様性を意識し、コンプラやポリコレに配慮することは決して悪いことではないけれど…PFF第二回大島渚賞は該当者がいなかった。
審査員でもある坂本龍一氏のコメントの中で、学生から『自分の作品が誰かを傷つけるのが不安です』と言われ『そんなことなら作るな。必ず誰かを傷つけてしまうのが作品というものなんだ』と反論したエピソードが紹介されていました。
学生の自主制作映画ですらお行儀良くなっているなか、大きなお金が動く企画になればなるほど各方面への配慮が必要になり、表現の幅が狭められるのは仕方のないことなのかもしれない。
プロの監督が自主制作で映画を撮る。
自分のケツは自分で拭く。
その覚悟の凄まじさ。
そこまでしても伝えたい事がある。
そこまでしても表現したいことがある。
その熱量に、観る側も突き動かされます。
けど。監督だけに責任を押し付けているようじゃぁ〜日本の映画文化は衰退する一方よ。
テレビマンユニオンが賛同して、スポンサーが付いてくれて本当に良かった。
作り手を応援するPFFで上映するに相応しい招待作品だったと感じます。
映画のオープニングで撮影監督の名前の紹介順が早くて、あれっ?と思いましたが
とにかく撮影がすごい!!
カメラが語ってくる感じは、山崎裕さんのよう。
それもそのはず。南幸男さんはドキュメンタリーでは有名な撮影監督さんなのだそうです。
さすがテレビマンユニオン。
この撮影の生っぽさは、“リアルのなかのフィクション”のテーマにピッタリ!!
短編の『醒めてまぼろし』に続き、小野花梨ちゃんが主演!
役名も花梨ですが、そもそも小野花梨ちゃんありきの企画で、もちろん脚本も当て書きだそうです。
家族全員が『南極料理人』のファンで、とくに次女とは事あるごとに彼女の魅力を語っていたので、本当に嬉しい。
てか、彼女を主演に据えられるような映画が作られて本当に嬉しい。
リアルに持ち込んだフィクションで、騙し騙され
最後の最後まで気を抜かずに観てほしいですww
以下、ネタバレではありませんがテーマバレ
↓↓↓
『トゥルーノース』のレビューでも書きましたが、清水ハン栄治監督のお話しで
素晴らしい活動がSNSで拡散されることで、強く賛同する人々が集まれるようになった。
しかし、活動の熱量が高まれば高まるほど、それ以上の広がりは難しくなる。
人の心を動かすのは“強い訴え”ではなく“感動”なのだ。
今も現実に12万人が収容されている強制収容所の事を知って欲しいけれど、リアルに描くとトラウマになりかねない。
(適度にリアルだけど一定の距離を置いて観られるように調整した結果、あのデザインになったそうです。)
リアルすぎないフィクションだから、安心して心が動き感動に繋がる。
まさにコレ!『プリテンダーズ』にも通ずる。
リアルにフィクションを持ち込むと「騙す」ことになるけれど
最初から騙す前提でも、しっかり心は動く。
むしろ安心感の中での擬似体験こそ、相互理解の近道。
“安心感の中での擬似体験”は、最も映画が得意とするところ!
映画に出来ることは、まだまだあるぞ〜!!