「別離」「セールスマン」でアカデミー外国語映画賞を2度受賞するなど世界的に高い評価を受けるイランの名匠アスガー・ファルハディーが手がけ、2021年・第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したヒューマンサスペンス。SNSやメディアの歪んだ正義と不条理によって、人生を根底から揺るがす事態に巻き込まれていく男の姿を描く。イランの古都シラーズ。ラヒムは借金の罪で投獄され、服役している。そんなある時、婚約者が偶然17枚の金貨を拾う。借金を返済すればその日にでも出所できるラヒムにとって、それはまさに神からの贈り物のように思えた。しかし、罪悪感にさいなまれたラヒムは、金貨を落とし主に返すことを決意する。そのささやかな善行がメディアに報じられると大きな反響を呼び、ラヒムは「正直者の囚人」という美談とともに祭り上げられていく。ところが、 SNSを介して広まったある噂をきっかけに、状況は一変。罪のない吃音症の幼い息子をも巻き込んだ、大きな事件へと発展していく。
英雄の証明評論(7)
劇場の予告で観た時は囚人であるが故に善行をしても信じてもらえない不条理な世の中について描いた作品かと思っていたけど、実際にはラヒムもちょいちょい誇張したり嘘ついたりって「そんなんらしなきゃいいのに〜〜」の連続でだいぶ印象変わった😅
優等生が品行方正に生きてても褒められたりしないのにヤンキーが捨て猫にミルクをやると生まれる『ギャップ萌え』。そんな“萌え”にフォーカスされた映画。(あくまでも“萌え”は言葉のあやですが)
「囚人だから悪人」とか「囚人ぢゃないから善人」とか世の中そんなに簡単に割り切れるもんぢゃないと感じさせられ、胸に何かがつっかえたまま終わった……
カンヌで評価される作品は軒並み自分とは合わないケースが多いけど、この監督の他の作品は観てみたくなった💕
先述の「白い牛のバラッド」とは、囚人と刑務所、主人公の子が抱えるハンディキャップ、謎めいた関係者など、プロット上の共通点もいくつかあるが、予測のつかないストーリー展開という点でも一致する。大手媒体に掲載された評であらかたの筋を説明してしまっているものも見かけたが、事前にあまり情報を入れずに観る方が良い映画だと思う。
それにしても、主人公ラヒムが世間に英雄として持ち上げられ、今度は悪い噂で叩き落されそうになり必死に切り抜けようとする姿を、観客もまた我が事のように心をひりひりさせながら見守ってしまうのは、似たような実例をいくつも見聞きしてきたからではなかろうか。経歴詐称で表舞台から消えた経営コンサルタント、問題ある言動が暴露され干された芸能人、虚偽の発表やずさんな経営が発覚した新興企業創設者……。
そして、このような騒動が起きた時、当人だけでなく、家族や親しい人々も否応なく激しい渦の中に巻き込まれることも的確に描いている。とりわけ、吃音症を抱える息子シアヴァシュが追い込まれていく過酷な状況に、ファルハディ監督の“すごみ”を見せつけられた気がする。
融資という名の借金を返せなくて刑務所に入り、その休暇の出来事。
バス停にあった紐の切れたバッグに入ってた金貨を見つけ、持ち主に返そうとする話。
それだけだったら美談だが、ハヒムが喧嘩っ早いし、持ち主見つけられないから代わりの人を立てたり、立ち振る舞いがスマートではないため、美談と思われたことが周りを巻き込んで騒ぎになり、最後には物別れに終わる。
拾った金貨やチャリティで目の前の借金が返せる。でもそれを放棄する姿は称賛に値するが、それ以外の立ち振る舞いは共感できないことばかり。
美談から結局はただの囚人として刑務所に帰るというエンディングも、振り回されて結局普通に収監されて終わり、だとなんだか解せない。常にグレーゾーンな話が続き、スッキリする内容ではないがこういう作品もまぁアリなのかもしれない。