逃げ去る恋劇情

フランソワ・トリュフォー監督とジャン=ピエール・レオ主演による連作「アントワーヌ・ドワネルの冒険」の完結編となる第5作。印刷所に勤める30代半ばのアントワーヌは、自身の恋愛経験をもとにした小説を出版した。彼にはレコード店で働くサビーヌという恋人がおり、妻クリスチーヌとは協議離婚が成立。そんなある日、アントワーヌは初恋の女性コレットと偶然の再会を果たす。「大人は判ってくれない」に始まる前4作の映像を回想シーンとして挿入しながら、中年にさしかかったアントワーヌの現在を描き出す。「アントワーヌとコレット」でコレットを演じたマリー=フランス・ピジェが再び同役を演じた。

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逃げ去る恋評論(2)

Tasaengrghn
Tasaengrghn
印刷工として働きながら自分の恋愛を記した小説を出版しようとしていたアントワーヌ。調停も終わり駅で息子を見送ったあと、列車に飛び乗りかつての恋人でもあった弁護士コレットと出会う。彼女はアントワーヌの私小説を読みながら過去を回想する。

回想のフラッシュバックがやたらに多い。少年時代とかはモノトーンになるのでわかりやすいけど、その他はしつこすぎた。ストーリーも面白いものじゃないし、なんだかなぁ・・・
Lnehfrdyiop
Lnehfrdyiop
『家庭』から、立て続けに鑑賞。
結論を先に言えば、滑りまくってた前作と比べれば、こっちのほうがよほどトリュフォーらしかったし、純粋に楽しめた。
アントワーヌ・ドワネル・シリーズ第5作にして完結編というが、実質はほぼ「総集編」にすぎない。
そこに付け加えのように、アントワーヌの新しい恋の顛末が描かれる。
トリュフォーのようなシネフィル監督は、この手の「再編集もの」でこそ、その実力を最大限に発揮するものだ。

オリンピックのドキュメンタリー映画だとか、過去のフッテージフィルムを用いた戦争映画だとか、幾多の名シーンを連ねた「映画史」の映画だとか。
こういった「元素材」を「パッチワーク」する作業を、シネフィル系の監督はたいてい得意としているし、やること自体楽しくて仕方がないように見える。
それは、畢竟突き詰めていくと、「映画」の本質とは「編集」なのであり、どう切ってどうつなげるのかによって生まれるモンタージュこそが、映画のほぼすべてだといっていいからだろう。

アントワーヌ・ドワネル・シリーズは、ひとりの俳優が監督の化身として、少年期から壮年期までひとつの役を演じ続けたという、映画史上にも稀有なケースだ。
トリュフォーがやろうとしているのは、単にシリーズの続編を出すとか、話の区切りをつけるとかそういう次元のことではなく、この「ひとりの俳優がひとつの役を20年近く演じつづけた」という映画史的メルクマールに対する、自らの手による批評的回顧――セルフ・レトロスペクティブなのだ。

過去の4本のフィルムを、どのように織り込んでいくのか。
回想を発動させるきっかけを、どんなふうに作り込むのか。
それらを通して、どんな形でアントワーヌの人生をまとめ、演じてきたジャン₌ピエール・レオの人生をまとめ、そこに投影されたトリュフォーの人生をまとめるのか。
この映画は、そういったことに対する「頗るつきに技巧的なチャレンジ」に他ならない。

試みにパンフの『逃げ去る恋』の項目を見ると、トリュフォー自身の作品解説は、ひたすら「回想シーンの挿入をどうおこなったか」という技術論に終始していて、ろくに新作パートへの言及すらない。
すなわち、本作の場合は、主が「回想」を構成する手練手管のほうで、従が「その後」を描いた新着パートだと考えるべきなのだ。

ここでトリュフォーが強調するのは、「物語」としての「噓」の偏在だ。
アントワーヌ・ドワネルは、監督を投影したキャラクターではあるが、もちろん描かれるすべてがトリュフォーの体験した実話ベースというわけではないし、回を追うごとにキャラは一人歩きして、トリュフォーからもレオからも離れて行ったはずだ。実際、トリュフォーは『家庭』のネタの大半は「第三者への取材」から得たとインタビューで述懐している。
この「私小説の虚構性」という要素を強調するために、トリュフォーは、アントワーヌ自身に私小説を書かせ、それをフックとして回想を喚起し、結果として彼にとって都合のいい「噓の回想」を引き出して見せる。
アントワーヌが小説内で描いた「噓」は、やがて第三者(元恋人、元妻)による回想によって修正されるが、それとて彼女たちに都合の良い「噓」である可能性はあるわけで、真相はまさに「藪の中」である。

トリュフォー自身の過去を題材にして生み出されたアントワーヌ・ドワネルというキャラクターに、自らの過去を題材にして作品を生み出させるという、イレコ構造。
さらには、そこにアントワーヌ・ドワネルというキャラに寄り添って生きていた、ジャン₌ピエール・レオという俳優の人生がオーバーラップしてくる(なにせフィルムには「本当に12歳のジャン₌ピエール・レオ」が刻印されているのだから)。
そこには真実もあれば、噓もあるし、噓のなかには、創作上のフィクションとしての噓もあれば、自己保身のための噓もある。その入り組んだ虚実の箱根細工を、渾身の映画技法とモンタージュの粋を投入して描き出したのが、『逃げ去る恋』なのだ。

ここでは、アントワーヌ・ドワネルというキャラクター自体も、徹底的な批判と回顧的な分析にさらされる。4作を通じて浮かび上がってくるのは、アントワーヌの身勝手さと共感性の乏しさ(軽度のアスペ感)、そして「自らの不幸な過去への復讐としての生」という有りようの歪みである。
ある意味、これまでアントワーヌに寄り添って作品をつくってきたトリュフォーは、コレットやクリスチーヌやサビーヌの口を借りて、あらためて彼の来し方を振り返ることで、彼の内面についての客観的な省察を敢行することになる。それは同時に、彼に自らを投影させてきた監督自身や、レオ自身の自己省察作業でもあっただろう。
コレットやクリスチーヌやサビーヌが語るアントワーヌの子どもっぽさ、勝手さというのは、創作者であれば誰しもが一様に抱える普遍的な問題だともいえるが、ここに「旧作を観て観客や批評家から食らったネガティブなアントワーヌ評」がそのまま生かされている可能性が高いことを考えると、なかなか面白い。

本作における「古い作品をいったんバラバラに分解したうえで、再編集し、パッチワークすることで、新たな価値と指針を得ることができる」という創作上のテーマが、そのまま作品中の最重要アイテムである「バラバラに破かれたあと、透明なテープで貼り合わせられたモノクロ写真」として形象化されているのは、実に気の利いた「遊び」であり、いろいろ品の無かった『家庭』での笑えない小ネタより、よほどセンスがいい気もする。
本作に導入された『家庭』からの引用でも、僕が気になった「笑えない」シーンや「やりすぎてて楽しくない」シーンは、ことごとくカットされていたし、トリュフォー本人も振り返ってみて「あまりうまくいっていないな」との自覚はあったのではないか。

本作には、明らかにヒッチコックの『北北西に進路を取れ』や『三十九夜』を意識した電車シーンのパロディや、ドワネル・シリーズ以外の自作からの豊富なレファレンスなど、「ちゃんと面白く感じられる」小ネタが満載で、こういう「頭で再構成するようなネタ」のほうがトリュフォーはやっぱり得意なんだな、と再認識させられた。

個人的には、最近劇場リバイバルでブレッソン映画を観たばかりということもあって、「それ『湖のランスロ』のポスターですか?」「いえ、ロメールの『聖杯伝説』です」って小ネタに、思わず爆笑してしまいました。

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